4.スキマ時間が本当の?
ちさ姐わたしも趣味の話をすると、ミュージカルや映画を観るのが好きで、すごい観ているの。本場には行けてないから、もっぱら劇団四季とか、映画とか。
フジタどういう映画ですか?
ちさ姐映画は結構なんでも観ます。洋画の方が好きかなって思いながら、最近は邦画見てるかな。多いときは、週に1本くらいは観てます。シネコンなんかは、空間からして好き。
フジタちゃんと映画館で観るんだ。
ちさ姐そう。あの映画館の空間で、予告から観るのが好き。でも 定価の2,000円とかでは見なくて。1,100円の日とか、レイトショーで1,500円とか。
りほすごいですね。忙しいのに!
ちさ姐んー、何かこう、スキマ空いてると入れたくなっちゃうんですよね。空いてると不安っていうか、寝ちゃったりとかもしますけど。でも何かできないかなって思っちゃう。実は今日の女子会も仕事の合間だし、映画やミュージカルに行くのも、母に会うのも、だいたい隙間ですね。隙間産業です。
フジタそうそう、噂の『国宝』を見ました。

ちさ姐観た!? あれ(2025年)6月6日の金曜日に公開だったんですよね。で、わたしは 8日の日曜日に観てるの。うわー3時間かー、とか思いながら、絶対いいだろうなって気がしたのよね。でも、楽しく観れたんだけど。1ヶ月以上経ってから、口コミで広がって。わたしみんなに、顔面偏差値高い人たちが歌舞伎を踊ってるから観た方がいいよって言ってる(笑)。
フジタうん、かっこよかった。
ちさ姐フジタさんも映画結構観られるんですね。
フジタ観ますね。20代のころとかは、ゴダールとか、単館映画館で気合の入ったのを見るのが好きだったんだけど、50代なってからは、みんなが観るようなミーハー映画ばっかり。歌舞伎町の映画館で、あれ、なんだっけ、えーと、最近、名前がでてこない。
ちさ姐出てこないよねー。出てこない問題。
フジタ思い出した、『ボヘミアン・ラプソディ』だ。友人と行きました。最近はそういうのが多いですね。
ちさ姐いいですね!一緒に行く人がいるって。わたしはプラッとお一人様なので。
フジタわたしも昔はそうでした。
ちさ姐あとは時間あれば、母のところに行っちゃおうかなとか。車だと30分くらいで行けちゃうので。隙あれば、母のとこに行くか。なんかしてるかなって感じ。あとはドイツ語を勉強してる。 3年間ドイツ人の子が出向で来ていて、わたしがお世話をしていて。で、彼女が一生懸命日本語を勉強してるので。なんかわたしも勉強しようかなって思って。先週帰っちゃってすごいさみしいんだけどね。。。
フジタドイツ語?ちさ姐は、英語は余裕で話せるんですか?
ちさ姐全然。問題ありあり。でもなんとか仕事でやってるからね。専門用語を知っていて、必要最低限があれば。その彼女がドイツに帰国するから、ドイツ語でスピーチしようと思って頑張って。でも、第二外国語として大学でドイツ語を学んでたはずなのに、全く記憶にないのよねえ。
フジタ隙間時間と言えば、実はわたしもフランス語をちょっとやってる。
ちさ姐え、ホントに!すごーい!
フジタいや、すごくない!単語はわかるんだけど。文章になると全然わかんない。
ちさ姐仕事の関係で、パリとか行ったりするんですか?
フジタ全然行きません。若いころに、どうしてもル・コルビュジエの建築を見たくて行ったくらい。安月給の設計事務所に勤めていたんですけど、頑張ってお金を貯めて行ったんです。 3か月間。しかも2回ぐらい。
ちさ姐1週間とかじゃなくて?すごい。
フジタそう、長期で行きたくて。でもフランス語もできないし、英語もしゃべれないしで苦労はしましたね。でもまた、最近になってから話したくて…。
5.学びを辞めないって大変なんですよ。~ビジョン・行動・貪欲~
フジタわたしは短大の服飾学科インテリアコースを出ています。そこで建築を教えてくれてた先生の設計事務所に、しょっぱなからバイトで入り込んで、就活もせず、そのままそこに就職しました。だから、独学みたいなもんかな。そこで実務経験を積みました。
ちさ姐家づくりのニーズって、どんな感じ?減ってるみたいね。尽きていない?
フジタ尽きてはないけど、新型コロナや戦争があって、経済が変わったじゃないですか。物価も上がって、本当にガラッと変わった。富裕層っていうか、いままで以上にお金持ってる人じゃないと、新築の家は、建てられなくなったかな。土地から買えないのよ。
ちさ姐東京なんて富裕層はいっぱいいると思うけど、そしたら需要はある?
フジタんー、たぶん難しい。設計士も掃いて捨てるほどいるので。

ちさ姐それでも藤田さんにお願いしたいっていうお客さん、いままでの実績だったりキャリアだったり。それでご指名がきたりするんでしょ?若い人がどんどん出てきても藤田さんにお願いしたいって。
フジタでも、厳しいのは厳しいですね。建築だけでずっとこの先も食べていけるかって。何かしら考えていかないと。建築だけでなく、もう1本2本、軸を増やしたいと考えています。
実は、2019年に思うところがあって、建築とは別の勉強をしようと思って、芸術系大学の通信に入ったんです。修復を知りたい、あと学芸員の資格も取りたいと思って。自分の企画展の役に立てられると思ったし、学芸員の資格があれば、なにか建築の仕事にもつながるような新しい機会ができるかなと。もう少し自分のキャパを増やしたい。それで挑戦しました。
ちさ姐修復??
フジタうん。ほんとは、古文書の修復がやりたいと思ったんだけど。ちゃんとやろうと思うと10年くらい、師匠に弟子入りしなきゃいけないみたい。大学で勉強しようと思ったら、修復学科って東北にしかないのね。仕事を辞めて東北には行けないなと思って。で、京都の芸術大学に行くことに決めたの。和紙の扱い方のカリキュラムがあったので。
ちさ姐すごいですね、学びをやめないって。「学びをやめない」って、結構大変なんですよね。わたしも、必ず一年にひとつは新しいことをする、ということをモットーにしています。ドイツ語始めるって偉そうなものもあれば、もっと簡単な、どんな些細なものでもいいんだけど。でもそれって、パワーがいるんですよね。特に歳を取ると。
フジタそう。パワーいりますよね。大学も、2年で卒業するはずが、、、コロナだったから図書館とかにいけないと思って、休学したんですよ。しかもその次の年は、絶対とらなきゃいけない単位の授業と、ちょうど自分がコロナにかかったタイミングが被って、卒業できなくて。結局4年で卒業しました。一応、学士と、学芸員の資格をとったんだけど、仕事しながら卒論もすっごく大変だったなあ。でも、建築と全然ちがうことで、ものすごく面白かった。
りほ「仕事にしたい気持ち」と「知りたい気持ち」の、両方があったんですか?
フジタ「知りたい」の方が強かったな。学芸員の資格取得のためのカリキュラムの一環で、実際に美術館や博物館に10日間くらい実習に行かないといけなくて。それこそ大学の4年生と、院の2年生の子たちと交じってなんだけど、それがすごく楽しかった。老体に鞭打って。
ちさ姐学芸員の資格ってどんな事ができるんですか。
フジタんー、美術館や博物館に関わることを、何から何までできるの。資料の収集・調査・保存から、展覧会の企画・運営から、、、本当に何から何まで。
駒場東大の日本民藝館って知っていますか?そこは、わたしが学芸員の資格を取るために実習した民藝館で、有名な柳宗悦さんっていう人が提唱した「普通の庶民の生活の中にあるなんでもないものこそが美しい」っていうことを伝えられるように、民芸品を展示している美術館なんですけど。
ちさ姐そうなんだ!
フジタそこで、毎年 12月に民藝館展という催しが開かれているのね。作家を公募して、審査して、入選作品を展示して販売までするっていう。そこで展示されるということは、民芸の作家にとっては、とても栄誉なことなの。
民藝館で実習したことがきっかけで、その展示会のお手伝いにも行かせていただくようになりました。年に1回はできる範囲で関わらせてもらってるんです。新しい作家さんのものを見られるのが楽しいんですよね。仕事しながら学校へ通って、実習に行って、レポートや卒論もこなして、大変だったけど、こんな繋がりができたから頑張ってよかったなって。
ちさ姐フジタさんも隙間産業だね。
りほふふふ。
ちさ姐フジタさんは、どういうきっかけで日本民藝館に実習にいくことになったんですか?
フジタ実習って、全国いろいろな美術館が毎年学生をとってるんですよね。募集期間も実施期間も美術館によってまちまちなんです。だから自分の仕事のスケジュールを優先すれば、別の美術館に行ったほうが楽だったかもしれない。でも、わたしは絶対その日本民藝館でやりたかったの。どうしても。
ちさ姐それはなぜ?
フジタその民藝館が好きだったから。わたしは絶対そこの民藝館で学びたいと思ったの。そこだけは曲げたくなくて!それで、募集要項を読んだら、応募するための準備が大変だったんだけど。柳宗悦さんの本を読んで、感想文をつけて、履歴書を送って、、、仕事をしながらよくやったなぁ。あとは運がよかったのも大きいかな。もともと今までは社会人枠の受け入れがなかったみたいだけど、わたしが応募した年に初めて、社会人実習生を受け入れてもらえたの。
ちさ姐感想文が、きっとラブレターのように、想いが伝わったと思いますよ。
りほやっぱり、お二人のアクティブさには共通するものがあると思いました。ところで人とのつながりで、意識していることもあるんですか?自分のやりたいことをやっていると、自然と人と繋がっていくのでしょうか?
フジタ頑張ったし、想いもあるからこそ、そこで会った人とご縁が生まれるんだと思う。そこで合理的に考えて別の美術館に行ってたら、それはそれで出会いがあったかもしれないけど、ここまで繋がれたかはわからないな。
ちさ姐「好き」を突き詰めていくって、やっぱり自然とそういう人が近くに来てくれるんだと思う。
だから、今日もそうだけど、りほちゃんが、「好き」って気持ちで、わたしや藤田さんを呼んでいただいたから、わたしの知らないいろんなことができるフジタさんに出会えたと思っています。フジタさんの話は、すごく楽しいよ。
6.人生のなかのプライオリティ
りほお二人のパワフルな話を聞いて、わたしも頑張ろうと思いました。
ちさ姐えー、りほちゃんも気絶民族で行く? あと30年は頑張んないといけないよ。
りほお二人みたいになりたい、ずっとパワフルでいたいなって思います。
ちさ姐好きなことがあれば大丈夫!
りほほんとですか?気絶民族で、隙間産業で。いまは仕事優先かなと思っていますが、お二人みたいになんでも楽しみたいです!
ちさ姐いまは仕事優先だと思うけど、今後、妊娠して出産してとか起きると、絶対人生のプライオリティは変わっていくと思う。だって、どんなにわたしがずぼらでも、自分のやりたいことがあっても、やっぱりその時は赤ちゃんが一番。気絶する間もなくわたしの全時間を注がないと、この子が生きていけないから。
でも数年経てば、転がしといてもなんとか大丈夫かなってなるし、気絶できるようになるよ。だから、その時その時で、プライオリティが変わって要領よくできると思うな。
フジタわたしなんか 30歳のときは、工事現場監督をしていました。そこは、同僚と雑魚寝で泊まり込むような会社だったんですよ。夜も朝も昼もなく、働いてましたね。仕事が終わった後は、みんな飲んだくれだから、わたしはお酒が飲めないのにみんなに付き合ったりしてましたね。そんな日々だから、 1年があっと言う間に過ぎ去っていく。好きな買い物とか、美術館とか、映画とか、まったくない生活でした。もう、仕事一色。人間関係も仕事だけ。
ちさ姐30歳は、わたしはちょうど息子を生んだ年だ。出産したタイミングで、義父が脳梗塞で倒れて半身不随になっちゃって。乳飲み子抱えて、病院通って介護してたなあ。
あと産休が明けたら、職場で昼休みに母乳を一生懸命絞って、マイナス78度の検体を入れるディープフリーザーで凍結させて、保育ママさんに母乳を預けて、とかやってた。あの頃わたしは偉かったな。
フジタさんもそうだったんだろうけど、30歳のときって、ひたすら必死で。余裕なんて全然なかった。
フジタ人生過ごしてくなかで、いろいろ変わってくるよ。
ちさ姐そう、で、わたしの場合は、研究者を10年くらいやって、会社の統廃合もあったし、マネジメント側に変わったしね。
りほ10年ものあいだ、研究者として薬をつくるマインドでいたのに、マネジメント側に回っていくのは、心理的な抵抗はなかったんですか?
ちさ姐んー…、薬をつくるのは楽しいんだけど、研究者としてずっとやっていくのは、限界を感じていたかなあ。拘束時間も長いし、やっぱりタフじゃないと、母親としてはしんどかったです。それに、研究者として、それに没頭していられればいいんだけど、実際はそうはいかないですよね。会社員であればみんなやっているように、上司への報告のやりとりとか、出勤簿や経費精算の書類をつくったり。でもわたしは、研究者には研究だけやらせてあげたいと思っています。だって職人なんだから!煩わしいことは、わたしがやってあげるからって。いつのころからか、それが喜びや生きがいになって。
そうしているうちに、わたしは役員秘書も経験したんですよ。経理や契約の専門の部署に行って、勉強しました。研究回りのスキルを磨いて、研究者たちが研究に集中できるような環境づくりを追求しました。
そしたらね、やっぱり仕事をいかに業務効率的にやるために、常識を覆すかっていう、これとこれを一緒にしたらいいんじゃないか、とか…。これも隙間産業ですね。
フジタわたしの場合は「建築だけは飽きた」って思ったのが45歳くらい。それまでは一応没頭してたつもり。わたしは子育てもなくて、ずーっと仕事してるからね。だから飽きちゃったんだろうかね。
でも、新しい事を頭に入れて、またちょっと新鮮な気持ちで、また建築できてるかな。
りほいま、わたしも仕事ばかりになっている気がしていたけど、ホッとしました。おふたりの話に考えさせられますね。応援団もまたいつかやりたいな、と思います。
フジタきっと、そういう時期が来ますよ。またやりたいことと、やるべきことが交差する時期が。
ちさ姐りほちゃんもきっと30年後に、「あー、やっぱりこうなるんだなあ」って、きっと思うよ。いいなあ。いまからなんでもできるじゃん。わたしは30年前に戻りたいとは、全く思わないけどね。
フジタうん、思わない。全然。

ちさ姐しんどくてね(笑)。
フジタうん、しんどくて(笑)。

